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2011年6月

2011年6月26日 (日)

雨上がりの街で(3) 渋谷区代々木

Imgp0871 小田急線の高架下をとおる小径で。嬉しいことに銭湯"奥の湯"は健在でした。
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2011年6月25日 (土)

下見板張りの家 新宿区西新宿

Imgp0811 もとの角筈3丁目で。背景に写っているガラス張り建物は、NTT東日本本社ビルです。
長女が生まれた頃、福島市の中心部にある勤務先まで徒歩8分、庭付き5DKという公務員宿舎で暮らしたことがあります。家賃はなんと月3,000円。「ふざけんな、税金けえせ!!」という怒声がとんできそうですが、戦前に建てられたというおっそろしく古い下見板張りの平屋建てで、住人としては「ぶったくりだ」とよく不平をこぼしたものでした。
福島市が実施した放射線量調査によれば、この公務員宿舎があった渡利地区には、3.4 マイクロシーベルト/時を超えるホットスポットがあるとのこと。本来なら福島市や郡山市も避難エリアに指定すべきなのに、日本社会に及ぼす影響があまりにも大きいため、住民に苛酷すぎるリスクを押しつけているのではないか。そんな思いを強くした次第です。
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2011年6月24日 (金)

へのへのもへじの赤ちゃん

Imgp0734 西新宿5丁目にある淀橋町会事務所脇の公園で。劇作家の別役実さんの詞に小室等さんが曲をつけた"へのへのもへじの赤ちゃん"という歌を思い浮かべながらシャッターをきりました。歌いだしのはこんなふうです。
  へのへのもへじの赤ちゃん 
  あなたの地球はもうないの
  あなたのお父さまが食べてしまわれた
黄色に塗られた滑り台が、イエローケーキの化身に見えたりもしたのでした。
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2011年6月22日 (水)

だれひとり忘れまい なにひとつ忘れまい 

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津波で壊滅した故郷の漁港の、在りし日の姿です。2年前、iMacとバックアップ用の外付ハードディスクが同時に壊れたとき、JPEG、RAWファイルともに消失してしまったと思い込んでいたのですが、CDに焼いてありました。もう撮ることのできない情景なので、大切にしたいと思います。
タイトルは、ナチスによる包囲戦で50万人を超える市民が死んだといわるレニングラード(現在のサンクトペテルブルク)の、ピスカリョフ共同記念墓地の記念碑に刻まれた言葉。
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2011年6月21日 (火)

雨あがりの街で(2) 渋谷区代々木

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雨あがりの街で(1) 新宿区西新宿

Imgp0814_2 所用をすませたあと、東中野から代々木までぶらり。梅雨どきは心なしか空気が濃くなるような気がするのでした。
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2011年6月15日 (水)

Chernobyl Regacy

Imgp7487 ロバート・ケネディの遺体をのせた特別列車を見送る沿線の人々を撮影したルポルタージュ"RFK Funeral Train"でしられるMagnum写真家のPaul Fusco。彼の写真集"Chernobyl Regacy"(2000)は、原発の苛酷事故がなにをもたらすのかを、剥き出しに突きつけてきます。いずれ我々の社会も、否応なしにFukushima Regacyに向き合うことになります。
アップした写真は、一昨年の秋、母と一緒にキノコを採りにいった森で撮ったもの。第一原発から20数kmのところなので、もう出掛けることはありません。
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2011年6月13日 (月)

6.11 SHINJUKU(2) We Shall Overcome

Imgp0596s 1954年に生まれたぼくは、公民権運動におけるエポックとなったワシントン大行進(1963年)の昂揚を同時代的に共有することはできず、皮肉なことにロバート・ケネディやキング牧師の暗殺を契機に、映像や音楽をとおして追体験することになりました。その頃の記憶と結びついている曲が、公民権運動のテーマソングともいえるこの"We Shall Overcome"と、以前にも書いた"America "です。そんな事情もあって、"ジンタらムータ・スペシャルfeaturing寿+ちんどん有志"がこの曲を演奏しはじめたときには、涙が出そうになってしまったのでした(公民権運動の足跡については、元NHKカメラマンの高野英二さんがおまとめになった"公民権運動・史跡めぐり"がお奨めです)。写真は新宿西口の電器街をゆくデモ隊。

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2011年6月12日 (日)

6.11 SHINJUKU(1) Amazing Grace

Imgp0580 6.11新宿・原発やめろデモ!!!!での一こま。"ジンタらムータ・スペシャルfeaturing寿+ちんどん有志"のちんどん太鼓と管楽器が、Amazing Graceを奏ではじめた途端、歩道にいた外国人カメラマン二人がデモ隊の真ん前にとびだし、猛然とシャッターをきりはじめたのでした。黒人奴隷貿易を背景に誕生したこの賛美歌には、彼らの心をかき立てる何かがあるのかもしれません。ジンタらムータ・スペシャルfeaturing寿+ちんどん有志の晴れ姿はこちらを。素晴らしいパフォーマンスでした。
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2011年6月11日 (土)

6.11脱原発100万人アクション

Imgp6821a 今日は6.11脱原発100万人アクションの日。散歩がてらブラついてきます。なお、アップした写真は会津若松市中町で撮ったもので、もちろんタイトルとは無関係です(^^;。
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2011年6月10日 (金)

炭鉱に生きる

Imgp0568 この5月、ユネスコの"世界記憶遺産"(または"世界の記憶" Memory of the World)に、山本作兵衛さん(1892-1984)の描いた炭鉱絵画や日記が登録されました。国内の史料としては初の快挙です。アジア・アフリカ諸国のなかで唯一植民地化されることなく近代化を成し遂げた日本。その原資を提供したのは、多くの自作農が耕地を手放さざるをえないほど過酷な地租が課されていた農業、女工哀史で知られる繊維産業、そして石炭や銅、金、銀を採掘する鉱業だったと考えてきたので、暗い坑道の奥で働いていた人々にスポットライトが当てられることになったことが嬉しくて仕方がありません。選定に当たった国際諮問委員会の見識に、心から敬意を表したいと思います。そして嬉しいことがもうひとつ。古くからの仕事仲間が、この絵をモチーフにした映画を自主制作していたのです。タイトルは"炭鉱(ヤマ)に生きる"。詳細はこちらを。

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2011年6月 9日 (木)

キハ40

Imgp0551_2 切支丹類族に関する古文書が残る博士山山麓の集落をたずねたあと、JR只見線にそって新潟県にぬける途中、越後広瀬駅付近で。

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2011年6月 7日 (火)

"ときわ"のある街角

Imgp6755 ゴールデンウィークに帰省したおりに、会津若松市御旗町で撮ったものです。付近には古い建物が軒を連ねていました。

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2011年6月 4日 (土)

千草通り夕景

Imgp5405 柳原の千草通りで。これを撮ったのがほんの4ヶ月前に過ぎないということが、自分でも信じられません。
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