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2011年3月15日 (火)

またくる明日

Imgp4326 深刻な原子力災害が進行していますが、それでも明日はくるのだということ、そして今この瞬間にも、その明日のために自身の生命をかえりみることなく戦っている人たちがいるのだということを忘れないようにしたいと思います。
アップした写真は、津波により壊滅状態にある故郷の漁港。ここからは、海食崖の連なりの彼方に、福島第二原子力発電所を遠望することができます。

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コメント

こんにちは。
特に縁故の深い二家族が無事に避難している事を、今朝やっと確認出来ました。
電話口で涙を禁じ得ず、声を出して泣いてしまいました。
僕は原発反対派でありますので、今回の事件と現場の混乱について些か覚めた目で見ております。
県内にも反対派は沢山居たのですが、その声は利益誘導を受けた有力者の手によって塞がれてきました。
とはいえ僕も、電力余りのような事件前の状況に盲目になっていた一人です。
大きな事は言えませんね。

投稿: とっぷくぷ | 2011年3月16日 (水) 11時34分

>とっぷくぷさん
無事でなによりでした。
12年前、1942年に最初の原子炉シカゴ・パイルが稼働した場所を訪ねたことがあります。現在は小さな公園になっており、ヘンリー・ムーアの手になる記念のオブジェが置かれていますが、何の皮肉かキノコ雲を連想させるもので、"劫火"という言葉を思い浮かべたものでした。
僕は原子炉は、新しいエネルギー技術が開発されるまでの"つなぎの技術"と考えてきました。なんとか無事に新しい世代の技術へのバトンタッチをと祈っていたのですが、このような重大事故となってしまいました。
いま現地で作業にあたっている人々の無事を祈らずにはいられません。

投稿: Rambler5439 | 2011年3月17日 (木) 08時01分

お母様の事 本当に良かったです。
本当に。

後の事が 言葉にできなくて・・・・・・。
お見舞い申しあげます。

投稿: 光代 | 2011年3月17日 (木) 20時28分

>光代さん
ありがとうございます。
その後、入院先の病院が津波被害により運営が困難となったため、母は妹たちも身を寄せている姉の家へと移っています。姉夫婦は温かい人柄で、家もとても広いので、ホッとしています。ただ、紙オムツや食料などが不足しているようです。昨日、兄が飛行機とタクシーを乗り継ぎ紙オムツを届けたとのことなので、僕もガソリン事情が安定した段階で、駆けつけたいと思っています。

投稿: Rambler5439 | 2011年3月18日 (金) 20時42分

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