ベーゴマ 江東区石島
4年近く街歩きを続けているにもかかわらず、ベーゴマで遊んでいる子供たちは、ただの一度も見かけたことがありません。ただ、ときおり「あっ、こういうところでやってたんだ」と思う情景に出くわすことがあります。今日ご紹介するのは、そんな場所を撮った一枚です。空き地というよりは隙間と呼んだほうがいいような狭い空間に10人ぐらいのガキが集まり、コマを賭けての真剣勝負を繰りひろげたものでした。ちなみに、器用だったぼくは必殺技(ツッケン、ダズ)を使ってはいけないというハンデを負っていたにもかかわらず、ズボンがずり下がってしまうほどの戦利品をポケットに詰めて家路につくのが常でした(^-^ )v。なお、周辺の様子はこちら
。
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コメント
左の方の窓、白っぽい波板と茶色の木とで 粋な縞になっていますね。
その前の波状のガードレールとの対比が面白いですね。
こんな狭っ苦しい所で ガキ君達が 熱戦を繰り広げていたかと想像すると嬉しくなっちゃいます。
エネルギーに溢れた子供達のいた時代!
そんな子供達が大きくなって カメラを担いで 強者どもの夢の跡を撮り歩いているんだ!
投稿: 光代 | 2008年12月15日 (月) 17時39分
こんばんは!
・・・実は僕、ベーゴマ後世代なんですよね。
ベーゴマと2B弾には、間に合わなかった世代です。
銀玉鉄砲とか忍者煙とかは、ありましたけど。
ゲイラカイト直前世代と申しますか、そんな感じです。
投稿: とっぷくぷ | 2008年12月15日 (月) 18時19分
光代さん
よく見ると、左側のお宅はなかなか凝った造作です。かつては飲食店だったのかもしれません。
ベーゴマを回す台は、大きなバケツや桶に厚手の布などをかぶせてつくるのが通例でしたが、布よりもゴム引きの雨合羽をつかったほうが格段によく廻るので、父の合羽を拝借するのも屢々でした。ただ、夢中になって回しつづけているうちに摩擦熱で穴が開いてしまい、よく叱られたものです(父はけっして怒らない人でしたが、そのかわり母にたっぷり絞られました)。
投稿: Rambler5439 | 2008年12月16日 (火) 10時24分
とっぷくぷさん
ベーゴマの全盛期は昭和30年代だったのでしょうね。ぼくは昭和30年代後半に小学生時代をおくりましたので、冬場の遊びはベーゴマか戦争ごっこ(2B弾+銀玉鉄砲+小石)と相場が決まっていました。わざわざ隙間のような場所を選んでベーゴマをしていたのも、いまにして思えば、阿武隈高地を越えてやってくる冷たい西風を避けるためだったのかもしれません。
投稿: Rambler5439 | 2008年12月16日 (火) 10時29分
「石島」と言う地名があるのすら知りませんでした。
ベーゴマをまわす勇姿を今度見せてくださいね。
そして、PMCのほうは更新されていないようですが・・・
こちらもお待ちしております。
投稿: readymade_ayu | 2008年12月17日 (水) 18時07分
readymade_ayuさん
江東区内には、ずいぶん内陸部に位置しているにもかかわらず、住吉、猿江、石島、大島、海辺など海に関連する地名がたくさん残っています。江戸時代から現在まで、東京が海側に拡張していった証しですね。
2年ほど前、台東区内で小さなイベントに出くわし、ベーゴマを回しました。40数年ぶりでしたが、腕はまったくといっていいほど衰えておらず、集まっていた人たちから喝采をいただきました、はい。
pcn写真倶楽部通信、年末には復活予定です。乞うご期待。
投稿: Rambler5439 | 2008年12月17日 (水) 23時58分