一茶が暮らした小径で 江東区大島
大島2丁目で撮った越中島支線のガードです。この小径沿いには19世紀の初めに小林一茶が暮らしていたという神社があり、境内では黄葉した銀杏が輝いていました(この写真を見る)
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コメント
痩せガエル・眠るか土は・此処に無い。
なんちゃって。
一茶さんは、すっとぼけていて良いですね♪
やっぱり軽味や愛嬌は、世間を明るくするのに大切です。(^◇^)
投稿: とっぷくぷ | 2008年12月 7日 (日) 17時26分
一茶の頃 この銀杏は生きていたのでしょうか? この道はどんなだったんでしょう?
微妙に曲がっているから 川だったのかも・・・って思ったり。
キチンと干された洗濯物を見ると そこにお住まいの方の事が気になっちゃうのです。
投稿: 光代 | 2008年12月 8日 (月) 14時17分
とっぷくぷさん
母や叔父は今でも句会などと洒落こんで、ときおり短冊を送りつけてきます。つつましい暮らしの中で俳句をよむ。ぼくもそういう人生を送りたいと思っています。
投稿: Rambler5439 | 2008年12月 8日 (月) 17時18分
光代さん
江東区は関東大震災や空襲で焼けていますので、たぶんこの銀杏や小径も戦後のものではないかと思います。ただ、暮らしのスタイルやコミュニティのありようは、昔とそう変わっていないかもしれません。
この小径では5回ほどシャツターをきりましたが、銀杏がきれいに写っているものより、洗濯物がはっきり写っているものを選んでアップした次第です。
投稿: Rambler5439 | 2008年12月 8日 (月) 17時23分