工業都市 江東区大島
高度経済成長期、江東区の東部には数千の工場がありました。それらが一斉に地下水や天然ガスを汲みあげたため激しい地盤沈下がおき、東京ゼロメートル地帯が出現したといいます。今、工場のほとんどはマンションや大規模な商業施設、オフィス、あるいは物流施設などに姿を変えてしまいましたが、それでもなお往年の姿をとどめる一画に出くわすことがあります。今日ご紹介するのは、小名木川の堤防を背に撮った大島1丁目の光景。かつてこのあたりには、タカジアスターゼの抽出で知られる高峰譲吉が創設した、日本初の人造肥料会社(現在の日産化学工業)がありました。また、写っている小径の突き当たりを右折すると、庚申道跡に出ます。
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コメント
おはようございます。
最近また「何故いじめは無くならないのか?」とかやってますが、「こういうただの空き地をチビ共に開放してやれば、ほんの少しはマシになるでしょう。」と言ってやりたいです、僕は。
投稿: とっぷくぷ | 2008年11月22日 (土) 08時52分
とっぷくぷさん
海の豊饒に干潟が欠かせないように、都市で次世代を育むためには路地や原っぱが不可欠なのではないか。東京を歩き続けるうちに、そう思うようになりました。今回の恐慌を、まちづくりをディベロッパーの手から奪い返すための好機にしたいものです。
投稿: Rambler5439 | 2008年11月22日 (土) 18時13分