« 第二築港点描(2) | トップページ | 望郷 »
実家の近くにある駅を撮るつもりだったのですが、塗り替えられた直後で、風情もへったくれもありません。そこで、行政区画としては同じ町にある隣りの駅まで遠征してきました。常磐線では、上野駅にいちばん近い無人駅です。(サムネイルをクリックすると、拡大画像をご覧いただけます)
投稿者 Rambler5439 時刻 10時08分 その他 | 固定リンク
ああ~、いいですね。こんな駅を見るとホッとします。 木造駅舎に木のベンチ、配色がお洒落です。
わりと大きな駅にみえますが、元は有人駅だったのでしょうか。
投稿 豊山 | 2008年5月31日 (土) 11時54分
おはようございます。 やっぱり同じ沿線だけ合って、竜田や木戸の駅と似ています。 僕がよく利用したのは木戸の方ですが、ホームに屋根付きの待合所がありました。 常磐線でも女子高生はルーズソックスをはき、地べた座りなんかも見受けたりして、笑っちゃった事があります。
投稿 とっぷくぷ | 2008年5月31日 (土) 12時00分
豊山さん 常磐線末続駅です。Wikipediaによれば、「釣りバカ日誌8」のロケ地にもなったそうです。 この駅の近くには小学校の分校があって、中学生になると隣り駅(実家近くの駅です)まで列車通学していました。開拓集落の子供が多かった憶えがあります。
投稿 Rambler5439 | 2008年5月31日 (土) 12時55分
とっぷくぷさん 反対側のホームには、やはり屋根寝付きの待合室がありました。高校は列車通学でしたので、ホームの待合室の雰囲気は好きです。 ルーズソックス、最近は常磐線でもさすがに見かけなくなりました(去年、東向島にある隅田川高校付近でルーズソックス軍団に遭遇し、ビックリしたことがありました。意外に、首都圏でヒッソリと生き延びているのかもしれません)。
投稿 Rambler5439 | 2008年5月31日 (土) 13時06分
ここもばっちりチェックしましたよ。 明日あたり私のブログでもエントリーしようと思います。 沿線側には旧トンネルが残っていることでも有名で常磐線で最も海に近い駅でも知られています。 http://ibaraki-daisuki.main.jp/burari/2003/030504_04_tunnel_jouban2_040712.htm
投稿 aoi_color | 2008年6月 2日 (月) 02時51分
あおいさん 次の記事が楽しみです。 旧トンネル、末続駅と久之浜駅の中間にある浜に行くために何度も通りました。内部もレンガ積みで、天井からは絶えず湧水が滴り落ちていたことを憶えています。国鉄マンだった祖父は、ここのトンネルで起こった大脱線事故復旧の指揮をとったことを自慢していました。わざわざフラッシュを焚いて撮ったと思われる現場写真も残っています(転覆した車両の上で、なぜか右手を前方にのばしているポーズで、関東大震災の際に救援部隊として上京した際にも同じ格好で写っています)。
投稿 Rambler5439 | 2008年6月 2日 (月) 11時08分
国鉄マンだったのですか、身内に鉄道関係者がいて羨ましいです。 この事故は知りませんでしたがリアルなお話が聞けてますます常磐線好きになりました。 きっと貴重な鉄道写真があるのではないかと思いますが機会があればエントリーして下さい。
投稿 aoi_color | 2008年6月 3日 (火) 03時25分
あおいさん 古いアルバムが何冊かありますので、いずれデジタル化したいと思っています。 かつて実家近くには、ポイント小屋(列車の通過を見届けてからポイントを手動で切り替えるための小屋)や保線区の詰め所と作業車両のための引き込み線、貨物引き込み線等がありました。祖父が顔だったこともあって、ポイント小屋に泊めてもらったり、車掌車に乗せてもらったりしたこともあります。
投稿 Rambler5439 | 2008年6月 3日 (火) 11時23分
名前:
メールアドレス:
アドレス(URL):
この情報を登録する
内容:
コメント
ああ~、いいですね。こんな駅を見るとホッとします。
木造駅舎に木のベンチ、配色がお洒落です。
わりと大きな駅にみえますが、元は有人駅だったのでしょうか。
投稿 豊山 | 2008年5月31日 (土) 11時54分
おはようございます。
やっぱり同じ沿線だけ合って、竜田や木戸の駅と似ています。
僕がよく利用したのは木戸の方ですが、ホームに屋根付きの待合所がありました。
常磐線でも女子高生はルーズソックスをはき、地べた座りなんかも見受けたりして、笑っちゃった事があります。
投稿 とっぷくぷ | 2008年5月31日 (土) 12時00分
豊山さん
常磐線末続駅です。Wikipediaによれば、「釣りバカ日誌8」のロケ地にもなったそうです。
この駅の近くには小学校の分校があって、中学生になると隣り駅(実家近くの駅です)まで列車通学していました。開拓集落の子供が多かった憶えがあります。
投稿 Rambler5439 | 2008年5月31日 (土) 12時55分
とっぷくぷさん
反対側のホームには、やはり屋根寝付きの待合室がありました。高校は列車通学でしたので、ホームの待合室の雰囲気は好きです。
ルーズソックス、最近は常磐線でもさすがに見かけなくなりました(去年、東向島にある隅田川高校付近でルーズソックス軍団に遭遇し、ビックリしたことがありました。意外に、首都圏でヒッソリと生き延びているのかもしれません)。
投稿 Rambler5439 | 2008年5月31日 (土) 13時06分
ここもばっちりチェックしましたよ。
明日あたり私のブログでもエントリーしようと思います。
沿線側には旧トンネルが残っていることでも有名で常磐線で最も海に近い駅でも知られています。
http://ibaraki-daisuki.main.jp/burari/2003/030504_04_tunnel_jouban2_040712.htm
投稿 aoi_color | 2008年6月 2日 (月) 02時51分
あおいさん
次の記事が楽しみです。
旧トンネル、末続駅と久之浜駅の中間にある浜に行くために何度も通りました。内部もレンガ積みで、天井からは絶えず湧水が滴り落ちていたことを憶えています。国鉄マンだった祖父は、ここのトンネルで起こった大脱線事故復旧の指揮をとったことを自慢していました。わざわざフラッシュを焚いて撮ったと思われる現場写真も残っています(転覆した車両の上で、なぜか右手を前方にのばしているポーズで、関東大震災の際に救援部隊として上京した際にも同じ格好で写っています)。
投稿 Rambler5439 | 2008年6月 2日 (月) 11時08分
国鉄マンだったのですか、身内に鉄道関係者がいて羨ましいです。
この事故は知りませんでしたがリアルなお話が聞けてますます常磐線好きになりました。
きっと貴重な鉄道写真があるのではないかと思いますが機会があればエントリーして下さい。
投稿 aoi_color | 2008年6月 3日 (火) 03時25分
あおいさん
古いアルバムが何冊かありますので、いずれデジタル化したいと思っています。
かつて実家近くには、ポイント小屋(列車の通過を見届けてからポイントを手動で切り替えるための小屋)や保線区の詰め所と作業車両のための引き込み線、貨物引き込み線等がありました。祖父が顔だったこともあって、ポイント小屋に泊めてもらったり、車掌車に乗せてもらったりしたこともあります。
投稿 Rambler5439 | 2008年6月 3日 (火) 11時23分