2008年5月
2008年5月31日 (土)
2008年5月30日 (金)
2008年5月29日 (木)
2008年5月28日 (水)
2008年5月27日 (火)
底引き船
昭和50年代に整備された第二築港には、何艘もの底引き船が停泊していました(この写真を見る)。底引き網でカレイやヒラメ、タコ、イカなどを狙うこれらの船は、午前2時頃に出港、
海上で一泊しながら漁をおこない、翌日の正午過ぎに戻ってきます。
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2008年5月26日 (月)
2008年5月25日 (日)
2008年5月24日 (土)
Back to the Sea
今回、急に帰省を思い立ったきっかけは、masaさんの名ブログ"Kai-Wai 散策"の記事"愛宕山から"の中で、「海食崖」という単語に出くわしたことでした。というのも、ぼくが生まれ育った町には、絶えず崩落をつづけている小さな岬があって、まだ小学生だった頃、地質の研究者になった20ほど歳の離れた従兄から「カイショクガイ、カイショクドウ(海食洞)」という魔法的な響きをもつ言葉を教わって以来、折にふれてはそこに登り、海を眺めていたことを思い出したからです。
同時に、"Back to the Sea"という歌のフレーズが脳裡で渦巻きはじめました。スイング・ジャーナル誌の1978年ジャズ・ディスク大賞を受賞した同名のアルバムに収録されている名曲で、三木敏悟(Bingo Miki)さんが作詞作曲し、中本マリさんが歌ったものです。
I can hear the voice
in the wind from the sea
I will go wherever she'll lead me
The voice is calling,
come back where we were born
Back to the sea,mother of us all
You can hear the voice
in the wind from the sea
You will go wherever she'll lead me
というわけで、今回は海辺ばかり撮ってきました。しばらくは水攻めが続きますが、どうか辛抱強くお付き合いください。1枚目が海食崖のある岬です。また2枚目にうっすらと写っていますが、町の北方にも海食崖が連なっています(この写真を見る)。
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2008年5月23日 (金)
霧の朝に(3)
かつて港の南隣りには、海水浴客で賑わう砂浜がありましたが、いまは見る影もありません。砂浜を縁どっていたハマエンドウやハマナス等の海浜植物の群落も、消えてしまいました。海食崖の崩落をくい止めるためにテトラポットで囲ったことや、近隣の海岸が発電所建設のために埋め立てられた(この写真を見る)ことが影響しているのかもしれません。
pnc写真倶楽部通信 も更新しています。ぜひご覧ください。
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2008年5月22日 (木)
霧の朝に(2)

昔のたたずまいを残した故郷の漁港です。1枚目の奥(北側)に
新しい港も築造されているのですが、番屋がならぶ古いほうの港に惹かれます。こちら(この写真を見る)は番屋から出てきたおばあちゃん。母もそうですが、東北の女たちは働き者です。
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2008年5月18日 (日)
2008年5月17日 (土)
2008年5月16日 (金)
2008年5月15日 (木)
2008年5月13日 (火)
2008年5月12日 (月)
2008年5月11日 (日)
黄昏の海 港区海岸
だんだんマニュアルでのピント合わせが辛くなってきました。とくに夕暮れともなると、かなりの確率で外してしまいます。最近は、サードパーティから軽くて安い大口径ズームも出ているようなので、どうしたものか思案中です。
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2008年5月10日 (土)
2008年5月 9日 (金)
2008年5月 8日 (木)
2008年5月 7日 (水)
2008年5月 6日 (火)
2008年5月 5日 (月)
2008年5月 4日 (日)
竹町にて(2) 台東区台東
明治以降、この一帯にはたくさんの寄席や見世物小屋、遊技場、料理屋などが軒をつらね、東京を代表する歓楽街の一つになりました。小島1丁目の清洲橋通り沿い(この写真を見る)にあった三味線堀の西側にあたることから、三味線堀とも呼ばれたそうです。関東大震災により歓楽街が焼失したあとは、職人や小商いをする人々の街として甦りました。
以前にも書きましたが、南北を蔵前橋通りと浅草通り、東西を新堀通りと昭和通りで画されたほぼ1km四方のエリア(鳥越・小島・台東・元浅草・三筋・東上野)は、今も昭和の面影を色濃く残しています。竹町はその中心。浅草方面に出掛けた折りにでも、ちょっと立ち寄ってみてはいかがでしょうか。
2008年5月 3日 (土)
竹町にて(1) 台東区台東
台東2丁目から4丁目にかけては、かつて竹町と呼ばれていました。久保田藩(のちの秋田藩)佐竹候の屋敷の西門扉に、竹が用いられていたことに由来すると聞きます。戦災に遭わなかったことから路地や古い建物も多く(この写真を見る)、いくら歩いても飽きません。アップした写真はともに3丁目の情景です。
2008年5月 2日 (金)
吉野湯 新宿区西新宿
ゴールデンウィークだというのに、鎮痛解熱剤をのみながらパソコンに向かう日がつづいています。
写真は西新宿8丁目の吉野湯の煙突です。名物のタイル壁画は、すでに跡形もありませんでした。フェンスの隙間にカメラを押し込んで撮ったのですが、その際に黒いスーツの袖口を錆でひどく汚していたらしく、あとで家人に叱られました。こちらは別の角度から撮ったものです(この写真を見る)。





























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