沿線風景(2) 江東区大島
こういった線路脇の情景にひかれるのは、常磐線の小さな駅の近くで育ったせいかもしれません。とくに枕木を再利用した柵(この写真を見る)を見かけると、故郷を思い出します。
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コメント
常磐線沿線で言えば勿来辺りを過ぎた海が近い小さな炭坑町を連想します。
貨物の引き込み線のヤードの側の家作と言った感じでしょうか。
何処かの古材をかき集めて建てた家を見ると確かに鉄道の近くまたは工場近くの家々の様子が頭に浮かびます。
投稿 あおい | 2008年3月17日 (月) 14時23分
実家の近くを走る線路の回りもこのように土手が盛られていて
枕木が立っていました。
線路脇や駅の近くにも小屋があったなぁ。
昔は今と違って線路際の私有地意識?が
ゆるかった印象があります。
投稿 korotyan | 2008年3月17日 (月) 23時25分
あおいさん
まさに「常磐線沿線で言えば勿来辺りを過ぎた海が近い小さな炭坑町」で生まれ育ったオイラです(もっとも、かなり零細だったという炭鉱の方は昭和の初めには廃坑になっていたので、「小さな田舎町」と言うべきでしょうか)。
こういった情景は、田舎の線路脇でお馴染みでした。しかし、国鉄からJRに変わってからは用地管理が厳しくなったのでしょうか、金網などで囲われるようになってきたような気がします。大島に残るこの情景も、あと少しで見られなくなるかもしれません。
投稿 Rambler5439 | 2008年3月18日 (火) 05時55分
korotyanさん
オイラの実家の近所でも、線路脇には枕木の柵が続いていました(ただ、頭の部分は黄色ではなく赤色に塗られていた記憶があります)。鉄道用地内にも小さな畑や物置の類いをよく見かけましたので、管理はかなりユルかったのだと思います。祖父が国鉄マンだった我が家が線路脇の国鉄用地を堂々と不法占拠していたことは、言うまでもありません。
投稿 Rambler5439 | 2008年3月18日 (火) 06時05分
う~む、この沿線ならではの風景ですね。
この沿線は覚えているだけでも3回は歩いているのですが、どうしてなのか苦手で、これぞという写真を撮れた試しがありません。
と言うか、江東区全体がどうも苦手なんです。
先日も、南砂から東向島まで歩いた際も、シャッターを切ったのは例のパンク自転車だけでした。
相性ってあるんですね~。
投稿 マフィンマン | 2008年3月19日 (水) 18時39分
マフィンマンさん
江東区、はっきり言って厄介です。とくに大横川の西側のエリアは退屈な風景ばかりで、ときどき挫けてしまいそうになります。しかし、江東区は東部戦線の中心地、最低でも区画整理の済んでいないエリアの道は、すべて踏破する覚悟です。善福寺歩兵分隊、行きまっス!!
投稿 Rambler5439 | 2008年3月19日 (水) 19時49分