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2008年2月10日 (日)

海の記憶 江東区猿江

Imgp1763 大横川のほとり、猿江1丁目で撮ったものです。
古くは荒川と隅田川の河口部に広がる低湿地にすぎなかった江東区には、海岸線からずいぶん離れたエリアにも海に関係する地名が数多く残っており、そのものずばり"海辺"という町さえあるほどです。猿江もそんな地名の一つで、源義家臣猿藤太と記した鎧を身に着けた溺死体が漂着した入江に由来すると言われています("東京の地名の由来"より。他にも諸説あり)。
このあたりが埋め立てられたのは何世紀も前のこと。海の記憶をとどめるものは、もはや地名だけになってしまいましたが、路地や小径も多く、散歩者の眼を楽しませてくれます。
(サムネイルをクリックすると拡大画像をご覧いただけます)Imgp1759

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江東区」カテゴリの記事

コメント

「海辺」なる町名は知りませんでした。スゴいな~、海辺。
「猿江」も、そんな由来だったのですか。
やっぱり深いですね、あのへんは。
洗濯物がブラ下がっていて、「労働」の臭いがプンプンします。

荷風の『断腸亭日乗』を読むと、猿江界隈は昔から手工業の街だったようです。
と言うか、「東京の外れの汚臭の街」などと、荷風は例によってクサしてます。

それにしても、Rambler5439さんの「何でも見てやろう」力は、スゴ過ぎです。
個人的には、あの界隈は街が十字路になっていて、どうも苦手なんです(昔住んだ札幌のようで、整然としたイメージです。でも、私自身、“街撮り視力”が不足してるかもしれません)。

投稿: マフィンマン | 2008年2月11日 (月) 18時20分

マフィンマンさん
総武線の南側はオイラにとっても、まだまだ空白地帯。「海辺」という地名に刺激され、2回偵察しただけです。基本的に真っすぐの道路しかないのですが、小径沿いにはまだまだ古い東京が残っているように感じました。これといった特徴はないのですが、何か心に沁みるものがある・・・そんな街です。
総武線や東西線を使うと意外なほど近いので、総武線の駅を起点にして日中は総武線と東西線に挟まれたエリアを歩きまわり、夕暮れは運河沿いの情景を激写、そして東西線の駅に向かうというパターンでしばらく通うつもりです。

投稿: Rambler5439 | 2008年2月11日 (月) 23時27分

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