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2007年1月 9日 (火)

母の生まれた場所で

母の生家は比較的大きな農家で、かつては屋敷林に囲まれるようにして母屋や水屋、納屋、隠居用の離れなどが建っていました。30年ほど前、母屋や納屋は別の場所に新築したのですが、"思い出をしまっておくため"、祖父母が暮らしていた隠居用の離れと古くからの納屋はそのまま残してあります。しかし農道拡幅のため屋敷林が伐採されるのを機に、もうじき解体されることになりました。もはや笑顔の印象しか残っていない祖父母のことを思い出しながら、2時間ほどかけて別れ告げてきました。
(サムネイルをクリックすると拡大画像をご覧いただけます)

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[2007年1月7日の散歩]

JR山手線田端駅-北区東田端1-田端新町2-田端新町1-荒川区東尾久1-東尾久2-東尾久3-東尾久6-東尾久8-(尾久橋)-足立区小台1-(扇大橋)-扇1-本木西町-本木南町-本木1-本木南町-本木1-本木2-本木東町-興野1-興野2-西新井本町4-西新井本町5-西新井栄町3-西新井栄町2-東武伊勢崎線西新井駅。所要時間4時間30分。

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阿武隈高地」カテゴリの記事

コメント

一枚目 唐辛子が藁に編みこまれてるのを見るとかなり古そうです唐辛子も脱色されている様子、色々な人の気配や思い出の詰まった建物を壊すのは世の流れとは言え残念です、でも思い出とこの写真は残りますね。

投稿: 遍路人 | 2007年1月 9日 (火) 15時18分

こんにちは。
昨晩はコメントありがとうございました。
お話を聞くと泣けてきます。
2時間もいらしたのであればいろいろな楽しい思い出が頭の中をよぎったでしょうね。

話はかわりますが「おしん」ラストシーンを思い出しました。
豪雪の中、廃虚となった生家あるいは嫁いだ家をみつめるシーンです。

投稿: むろんた | 2007年1月 9日 (火) 15時58分

古い農機具や用具が、柔らかな光と影に包まれて、ひっそりとたたずんでいますね。その静けさに、どうしようもなく「日本」を感じます。
もう二度と土に触れることはないのでしょうか。

投稿: マフィンマン | 2007年1月 9日 (火) 21時37分

お祖父さん、お祖母さんの思い出の詰まっている場所がなくなるというのは切ないですね。その思い出をしっかりと画像に定着されたことと思います。

投稿: jitensya7 | 2007年1月 9日 (火) 22時56分

>遍路人さん
伯父や母が元気でいるうちは今のまま残して欲しいと思っていたのですが、なかなか思い通りには行かないものですね。屋敷林はすでに一部が伐採されていて、幼いころには暗いのが怖くて近づけなかった一角にも光が廻っていました。

投稿: Rambler5439 | 2007年1月 9日 (火) 23時34分

>むろんたさん
陽射しが強い昼過ぎに行ったので、外観を撮ったものは散々でした。また納屋の前で母や伯父を撮っておくのを忘れてしまったことを後悔しています。

投稿: Rambler5439 | 2007年1月 9日 (火) 23時41分

>マフィンマンさん
母の実家は阿武隈高地の谷間にあって、かつては桃源郷のような趣があったのですが、20年ほど前、あたらしい道路が開通してすっかり変わってしまいました。我々の社会はわずかな利便を手に入れるために、かけがえのないものを失ってしまったのかもしれません。

投稿: Rambler5439 | 2007年1月 9日 (火) 23時48分

>jitensya7さん
山間の小さな村で生まれ、育ち、死んでいった祖父母は、ともに穏やかでおおらかな人たちでした。

投稿: Rambler5439 | 2007年1月 9日 (火) 23時55分

どれも私にも馴染みのある光景です。
Rambler5439さんの『母の生まれた場所で』を読んで真摯な気持ちで読ませて頂きました。
うちの実家も母の実家も代々農家なので内容は痛いほどわかります。
私の実家は300年続いてますが跡継ぎがいません。
家には父と母そして90才を越えた祖母が家を守ってます。
私自身結婚も子もないし、姉夫婦にも子がいません。養子をもらう他ありませんね。
どうなるのかいつも気がかりで親や先祖に申し訳けなく泣きそうになることもあります。
今は東京のベッドタウンとなってますが、私の実家の屋敷を囲む田畑や裏山はいつも変わること無く四季を感じられます。離れや納屋は人の気配がいつもします。
しかしこれられは、私の代で終わりそうです。
寂しいですけど……。

投稿: あおい | 2007年1月10日 (水) 00時07分

>あおいさん
いつの時代にも"変化"を避けることはできないのでしょうが、近頃はすこし変化のスピードが速すぎるように思います。また、これが意味のある、あるいは価値のある変化なのかについても疑問を感じます。

投稿: Rambler5439 | 2007年1月10日 (水) 22時54分

Rambler5439さんの原点ここに見たり。
深く感動しました。
いつまでもレインボー・イン・マイソウルです。

投稿: readymade_ayu | 2007年1月10日 (水) 23時56分

>readymade_ayuさん
3世代前までは、阿武隈高地の谷間で痩せた狭い土地を耕していた、ある意味では由緒正しい貧乏百姓の系譜につながっているわけで、華やかな世界には違和感を覚えてしまう感性のルーツはたぶんここにあるのだと思います。

投稿: Rambler5439 | 2007年1月11日 (木) 08時39分

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