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2006年10月26日 (木)

笑顔のこぼれる街角

ヘリコプターの飛行音がいやに長く続くのでニュースをチェックしたところ、自宅から数百メートルの所で警察官3人が刺されるという事件が起きていました。お一人は重体とのこと。回復されんことを願ってやみません。
夕方になって吉祥寺の図書館へ。ついでに五日市街道とほぼ並行する道(五日市街道の旧道か)を歩きました。殺伐とした事件がつづく世相が影響してか、近ごろは街角で屈託のない笑顔を見かけることが少なくなりましたが、ここで見事な笑顔に出会いました。廃業した米屋さんを撮った直後、電設工事会社のヘルメットをかぶったおじさんから声を掛けられました。やや緊張気味の表情で「もうすぐ電線を地中化しますんで、町の風景もだいぶ変わっちゃうと思います。しっかり撮っておいてください」と言うのです。ビックリしながらも笑顔で頷くと、表情一転、弾けるような笑顔が返ってきました。その後も商店街の人たちと楽しそうに談笑していたヘルメットおじさん、ありがとうね。おかげで、幸せな気持ちになって家路につきました。
(サムネイルをクリックすると拡大画像をご覧いただけます)

Imgp6567
ISO200、1/100、絞り不明、-1.0EV、50mm、RAW
(武蔵野市吉祥寺南2丁目/骨董店の老主人たちと談笑中のヘルメットおじさん)




Imgp6564
ISO200、1/400、絞り不明、-1.0EV、50mm、RAW
(同上/ここでカメラを構えていると、ファインダーの中を赤いトレーナーを着た男の人が横切っていきました。頭髪を掻きむしりながら歩み去ったその人は、漫画家の楳図かずおさんでした)


[2006年10月26日の散歩]
お休み

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コメント

あぁー、楳図さんお見かけしたことあるー!

ボーダー着用されてました。いつものにこにこ笑顔でしたよ。
ちっちゃいころ、うんと怖かったへび女のマンガ~~~

吉祥寺はいいよ!!
ジョージタウンっていうのよ!

投稿: チェルシー(=^・^=) | 2006年10月26日 (木) 20時38分

>チェルシーさん
コメント、ありがとうございます。
ぼくも楳図さんを何度かお見かけしたことがあるのですが、いつもボーダーのシャツを着てニコニコされてました。が、今日は真っ赤なトレーナーで、やや沈んだ様子でした。

投稿: Rambler5439 | 2006年10月26日 (木) 22時25分

いいなあ、楳図かずおですか~。
数年前に新聞にインタビュー記事が載ってましたが、彼はNHKラジオの“語学講座おたく”だそうで、15分間のラジオ講座だけで数カ国語をマスターした、と書いてありました。

投稿: マフィンマン | 2006年10月26日 (木) 22時57分

>マフィンマンさん
ペラペラの雑誌編集者の思惑にのせられて"ちょい不良(ワル)"をきどってるバカ野郎たちより、飄々とした生き様の
楳図さんのほうが100倍はカッコいいと思います。吉祥寺では珍しくなりつつある昔ながらの街並に、自然に溶け込んでいました。

投稿: Rambler5439 | 2006年10月26日 (木) 23時39分

Rambler5439さん、スゴイ!
楳図かずおさんとはビックリです。
毎日の偶然の積み重ねに感謝ですね。

投稿: readymade_ayu | 2006年10月26日 (木) 23時45分

>readymade_ayuさん
こんばんは。
連れ合いは、よく楳図さんを見かけるそうです。ぼくも何度かお見かけしました。が、ファインダーの中にあのボサボサ頭を掻きむしっている楳図さんが入ってきたときには、さすがにドキンとしました。で、彼を撮ったのか。撮ろうと思った瞬間こちらに向かってきたので、ついシャッターを切る度胸がありませんでした。基本的に小心者なんです。

投稿: Rambler5439 | 2006年10月26日 (木) 23時53分

楳図がらみで思い出しました。
小学生の頃、実家の近くに赤塚不二夫の自宅があり、友だちと思い切って訪ねたことがあります。
結果、本人は不在で、応対に出てくれたお手伝いさんみたいな女の人を前に、玄関で立ち去りがたく暫くジッと固まってました。
そして、私が一言。
『おばさん、水下さい』
彼女は親切に、グラスに入れた水を持ってきてくれ、私らはゴクゴク飲みました。
当然、翌日の教室で私らは、 『 赤塚か不二夫のウチで水を飲んだスゴいヤツら 』 としてヒーローとなったのです。以上。

投稿: マフィンマン | 2006年10月27日 (金) 06時43分

>マフィンマンさん
漫画文化の中心が貸本屋さんから漫画週刊誌に移っていく過渡期に誕生したのが、"おそ松くん"でした。もし"おそ松くん"がなかったら、貸本屋文化の寿命はもう数年ほど長かったかもしれません。それほどインパクトのある名作だったように思います。「シェー」やザンス言葉、毎日使ってましたし、"ちび太のおでん"が食べたくてしかたがなかったことも憶えてます。その赤塚不二夫の自宅で水をごちそうになったとはスゴイ。マフィンマンさんはガキの頃からマフィンマンしてたというわけですね。

投稿: Rambler5439 | 2006年10月27日 (金) 07時36分

笑顔の向こうの骨董品が気になります、おびただしい数の品々、掘り出し物が在りそう。

投稿: 遍路人 | 2006年10月27日 (金) 10時20分

>遍路人さん
ぼくも同じことを考え、目を皿のようにしてチェックしてみました。掘り出し物は期待できそうにありませんでした。が、店主のおじいちゃんはある意味、"掘り出し物"かもしれません。

投稿: Rambler5439 | 2006年10月27日 (金) 21時11分

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