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2006年10月14日 (土)

三河屋ふたたび

西・北新宿方面へ向かう道すがら、9月16日のエントリーでご紹介した駄菓子屋さん"三河屋"に立ち寄りました。目的は西部戦線における駄菓子屋のマーチャンダイジング調査。まあ要するに、なぜ"もんじゃ"をやっていないかをお訊きしようと思ったのです。ところが店番をしていたおばあちゃん、開口一番「この店、けっこう新しいんだよ」とのこと。聞けば、戦後まもなくからパン屋さんをやっていたが、近所の商店街が壊滅状態になったので店を畳もうとしたところ、息子さんから「家に引っ込んでるとボケちゃうから、何かやったら」と薦められ、平成に入ってから駄菓子屋さんを始めたのだそうです。「いい息子さんですね」と応じたら嬉しそうに頷いてらっしゃいました。記念に"昔なつかし きなこ棒"(オリゴ糖、蜂蜜入り、国産きな粉使用)1袋と、でんぷん餅2箱("青リンゴ"と"ミックス")を買いました。お代は〆て70円。ちなみに"きなこ棒"の製造元は荒川区南千住1丁目の富士製菓有限会社。東部戦線と西部戦線は駄菓子屋ルートでしっかりと結ばれていたのでした。
(サムネイルをクリックすると拡大画像をご覧いただけます)

Imgp6141
ISO200、1/200、絞り不明、-1.3EV、50mm、RAW
(中野区中野1丁目)





Imgp6137
ISO200、1/320、絞り不明、-0.7EV、50mm、RAW
(同上)





Imgp6136 ISO200、1/160、絞り不明、-0.7EV、50mm、RAW
(同上/向かいの荒物屋さんも頑張っています)



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コメント

パン屋から駄菓子屋への平成の“業態転換物語”、ドラマチックですね。いい話だなあ。写真を撮りながら、そういう話を聞くのって、とても楽しいですよね。
店内の壁に貼られた榊原郁恵?やビックリマンのポスターがしっかり昭和しています。そのへんのユルさがたまりません。
それにしても、こうした店が頑張れるということは、界隈にはまだ子どもがいるということですね。ガシャポンも真っ白い新機種が投入されているし、三河屋さん、頑張れ~!

投稿: マフィンマン | 2006年10月14日 (土) 21時18分

>マフィンマンさん
マフィンマンさんの子供時代ほどではないでしょうが、子供は結構いるようです。おばあちゃんは「子供たちから元気を貰っている」と言ってました。おそらくアパートに建替えた方が圧倒的に実入りは多いはずですが、子供たちの顔を見たり、話をしたりして毎日を過ごす方が幸せだと思ってらっしゃるのでしょう。

投稿: Rambler5439 | 2006年10月14日 (土) 22時29分

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